港区出張マッサージで起こった心温まるお話!

私が以前出張先で起こった心温まるお話があります。そのお話とはその出張先のホテルにお昼過ぎ頃に到着した時の事です、私は慣れない街をスマフォで検索しながらホテルまで何とか到着して歩き疲れて足腰がへとへとになったので出張マッサージ(訪問マッサージあん摩)でも呼ぼうとまたスマフォで出張マッサージを検索してすぐ電話して呼ぶことにしたのです。ホテルで待つこと40分ドアのノックの音を聞いて半分眠っていた私の目をゴシゴシこすりながらドアを開くとそこには20歳前半の若いお兄さんが立っていたのです。わたしはそのお兄さんに歩き疲れて足腰がつかれているとか揉み解してほしいとかお願いするとそのお兄さんはすぐにマッサージを始めてくれました。わたしは疲れていたのかマッサージが始まるとすぐに眠ってしまい気づけばマッサージは終わっていたのでした。わたしはそのお兄さんに話を急にしたくなってもう少しもう少しだけとお願いし話を始めたらお兄さんは快くまたマッサージを始めてお話してくれました。わたしはお兄さんになぜこのお仕事を始めたのか聞いてみるとお兄さんはこう話し始めたのです。
「私がマッサージを始めたのは5歳くらいの時で両親が仕事でいつも自宅にいなかったのでおばあさんに育ててもらっていたのですが、おばあさんはいつも腰が痛い肩が痛いと言うので遊び半分でマッサージの真似事をしてみたのです、するとおばあさんがおやっ腰が治った肩が治ったと喜んでくれたので私はすごくうれしくなっておばあさんに逢うたびにおばあさんの腰や肩をいっぱいいっぱい叩いたのです、マッサージの真似事のように。そしてある日いつも喜んでいたおばあさんが私の自宅に来なくなったのです。わたしは小さいながらにおかしいなと思い母親に聞いてみたら、おばあさんね入院したの、あのね元々腰や肩が悪かったのになんか最近その腰や肩にヒビが入ったみたいでねと・・・私は子供ながらに自分のせいだと思いその日は涙が枯れるまで泣いたものですよと・・・」
 そういってお兄さんは少し涙ながらに話してくれました。
「それから何か月かしてからまたおばあさんが退院して私のお世話をしてくれたのです。そしておばあさんはまた私にこういったのでした、○○ちゃんまた私にマッサージをしてくれるかな」と・・・
 私はその時に決めたのですプロのマッサージ師になっておばあさんの腰や肩をなおしてやるってね。そして気づけば私はプロの出張マッサージ師、今はおばあさんはもういません・・・

東京都港区の魅力

東京都港区三田のエリアというのは、都心の一等地としても知られていますが、実は歴史を感じさせる寺院や史跡などもたくさん残されている歴史的な街でもあります。

東京都港区三田という地名は、平安時代に「御田郷」と呼ばれていたことに由来し、室町時代から「三田」と表記されるようになりました。
江戸時代になると町奉行による支配となり、御家人や大名屋敷が立ち並ぶようになっていきます。

忠臣蔵は年末の特別番組でも必ずといって良いほど放映されるほど、日本人にはなじみの深い事件ですが、赤穂浪士と港区は縁が深く、忠臣蔵ゆかりの場所がたくさんあります。

泉岳寺は徳川家康が江戸城の外桜田い創立したのが始まり、寛永の大火によってお寺が焼失し、泉岳寺の復興がままならない様子を見て、毛利・浅野・水谷・丹羽てん、朽木の五大名に三代将軍家光がお寺の復興を命じたことから、浅野家と泉岳寺とのつきあいがあり、赤穂藩主浅野家の菩提寺として、現在も赤穂浪士47名のお墓が残されています。

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